東京地方裁判所 昭和38年(ワ)6155号 判決 1966年11月10日
第四、四六二号事件原告兼第六、一五五号事件被告(以下単に原告という) 高井寿々子
右訴訟代理人弁護士 徳岡二郎
第四、四六二号事件被告兼第六、一五五号事件原告(以下単に被告という) 松沢幾太郎
右訴訟代理人弁護士 津田騰三
同 渡辺敏久
主文
一、別紙物件目録記載の土地建物につき、原告が所有権を有することを確認する。
二、被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地建物につき東京法務局渋谷出張所昭和三七年二月一五日受付第三、四六一号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
三、被告の請求を棄却する。
四、訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、第四、四六二号事件および第六、一五五号事件につき、主文第一項ないし第四項同旨(第一、二項および第四項は第四、四六二号事件、第三、四項は第六、一五五号事件)の判決ならびに第四、四六二号事件判決につき仮執行の宣言を求め、第四、四六二号事件請求原因および被告主張に対する答弁ならびに抗弁として、
「一、別紙物件目録記載の土地建物(以下、単に本件土地、建物と言う)は、昭和三七年二月一五日以前はもとより、同日以後も原告の所有に属するものである。
二、ところが、本件土地建物につき、被告は原告からその所有権を取得したと主張し、そして東京法務局渋谷出張所昭和三七年二月一五日受付第三、四六一号をもって、原告から被告に対する所有権移転登記がなされている。
三、しかし、被告の右主張は事実に反し、右移転登記はその実体関係がないものであるから、原告は被告に対し、本件土地、建物につき原告が所有権を有することの確認と、右所有権移転登記の抹消登記手続を求める。
四、被告主張第四項記載事実は認める。ただし弁済期間一箇月は形式上のものに過ぎず、真実は鏑木太郎から原告に金銭の支払いがあったときに弁済する約定であった。
五、同第五項記載事実中、被告主張の仮登記がなされたことは認めるが、その他の事実は否認する。
六、同第六項記載事実中、前記仮登記にもとずく本登記として前記所有権移転登記がなされたことは認めるが、その他の事実は否認する。
七、同第七項記載事実中、原告が、本件建物の被告主張部分を占有していることは認めるが、その他の事実は争う。
八、かりに被告主張のように原告が本件土地、建物につき停止条件附代物弁済契約をし、代物弁済による所有権移転登記に同意したとしても(ただし、それは代物弁済の予約および予約完結の合意というべきである)、右契約ないし合意は、虚偽表示によるものであるから無効である。すなわち、原告およびその代理人阿部幸一と被告は、合意のうえ、当時原告をいわゆる二号として世話をしていた訴外鏑木太郎から、原告の借金弁済費用および原告の老後保証として、まとまった金額をより多く、かつ早急に出させる手段として、原告の経済的困難を右鏑木に対し強く印象づけるため、右代物弁済の予約ないし予約完結の合意を仮装したものであり、したがって、それは真意に出たものではない。
九、かりに右主張が認められないとしても、前記予約ないし合意は、被告の詐欺によるものであるから、原告は、本訴(昭和四一年六月四日口頭弁論期日)において右契約ないし合意を取消す。すなわち、被告は、原告およびその代理人阿部幸一に対し、右代物弁済の予約ないし予約完結の合意は鏑木太郎から金を出させる為の手段たるに過ぎず、けっして、本件土地、建物を被告の所有にしようと意図するものでない旨申し向け、原告およびその代理人阿部幸一をしてその旨誤信せしめ、右予約ないし合意をさせたものである。
一〇、かりに、右主張も認められないとしても、前記代物弁済の予約ないし予約完結の合意は暴利行為として無効である。すなわち、本件土地、建物の当時の時価は、合計千数百万円のもので被告からの借受金債務と余りに均衡を失し、しかも右債務の弁済期間はわずか一箇月である。
そして、原告あるいはその代理人の阿部幸一が前記契約をなし合意の意味を充分理解していないのに乗じ、原告が僅か一箇月間に被告に対する債務を弁済できないことを十分知りながら、本件土地、建物が被告の所有になることはない、と甘言を弄し前記予約ないし合意させたものである。したがって、予約ないし合意は、被告において、原告らの右無思慮軽率に乗じて過当な利益を計る目的で本件土地、建物を取得しようとするものであるから、公序良俗に違反するものというべきである。」
と述べた。
被告訴訟代理人は、第四、四六二号事件につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を、第六、一五五号事件につき、「原告は被告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物のうち、附属一、木造瓦葺平家建離舎一棟建坪六坪三合七勺を明渡し、かつ昭和三七年二月一六日以降明渡しずみまで、一箇月金一〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、原告主張に対する答弁ならびに抗弁、および第六、一五五号事件請求原因として、
「一、原告主張第一項記載事実中、本件土地、建物が昭和三七年二月一五日以前原告の所有であったことは認めるが、その他の事実は否認する。
二、同第二項記載事実は認める。
三、同第三項記載事実は争う。
四、被告は昭和三六年一〇月三一日、原告代理人阿部幸一に対し、金一、七〇〇、〇〇〇円を、期間一箇月、利息年一割五分の約定で貸与した。
五、そして、右貸借にあたり原告代理人阿部幸一は、被告に対し、右借受金債務履行を担保するため本件土地建物に抵当権を設定し、なおまた右債務を期限に弁済しない時は、その弁済に代えて本件土地、建物の所有権を被告に移転する旨約し、東京法務局渋谷出張所昭和三六年一〇月三一日受付第三一、五〇六号をもって所有権移転仮登記を経由した。
六、ところが、原告は前記弁済期限に右債務の弁済をしなかったので、被告は本件土地、建物の所有権を取得し、昭和三七年二月一五日原告の同意を得たうえ、本件土地、建物につき前記仮登記にもとずく本登記として原告主張の所有権移転登記をした。
七、ところが、原告は、本件土地、建物の所有権が被告に移転した後も本件建物の請求の趣旨の部分の占有を継続し、右建物部分の賃料相当額である一箇月金一〇、〇〇〇円の割合による損害を与えている。
八、したがって、原告の請求は理由がなく、かえって被告は原告に対し、前記建物部分を明渡すこと、および昭和三七年二月一六日以降右明渡しずみまでの一箇月金一〇、〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金を支払うことを求める。
九、原告主張第八項記載事実は否認する。
一〇、同第九項記載事実は否認する。
一一、同第一〇項記載事実は争う。なお、一箇月の弁済期間は、鏑木太郎において同人が世話をしている原告の不動産が他人にとられるような状態になれば、なんらかの解決に乗り出すであろうし、その時期は早ければ早い程被告にとっても原告にとってもよいという考えから便宜上短期間にしたものに過ぎない。」
と述べた。
証拠として<以下省略>。
理由
一、本件土地、建物が昭和三七年二月一五日以前原告の所有であったこと、被告が本件土地、建物につき原告から所有権を取得したと主張し、そして東京法務局渋谷出張所昭和三七年二月一五日受付第三、四六一号をもって本件土地・建物につき原告から被告に対する所有権移転登記のなされていること、以上は当事者間に争いがない。
二、そこで、被告主張の抗弁事実につき判断する。
原告と被告との間で、被告主張の日時、その主張のような消費貸借がなされたこと(ただし、弁済期間一箇月が形式だけのものであったかどうかの点は除く)、被告主張の仮登記およびその本登記として前記所有権移転登記がなされたことについては当事者間に争いはなく、成立に争いのない乙第三号証、同第九号証の一ないし四、証人阿部幸一(第一、二回、ただし、後記信用しない部分を除く)、同上谷富蔵、同楠田伊太郎の各証言、原告(ただし、後記信用しない部分を除く)および被告本人尋問の結果によると、原告代理人阿部幸一は、右貸借にあたり被告に対し、右借受金債務の履行を担保するため本件土地、建物に抵当権を設定し、なおまた右債務を期限に弁済しないときは、その弁済に代えて本件土地、建物の所有権を被告に移転する旨を約し前記仮登記を経由したこと、ところが、原告が右借受金債務を期限に弁済せず、被告は昭和三七年二月一五日原告の同意を得たうえ本件土地、建物につき前記仮登記に基く本登記として被告に対する本件所有権移転登記をしたこと、以上の事実が認められる。証人阿部幸一の証言、原告本人尋問の結果中、右認定と抵触する部分は容易に信用できないし、他に右認定を左右する証拠はない。そして、特段の事情の認められない本件においては、抵当権設定契約とともになされた前記停止条件付代物弁済契約は代物弁済の予約と解すべく、また被告が、原告の同意を得て本件土地、建物につき所有権移転登記をしたのは、右代物弁済予約の予約完結の合意と認めるべきである。
三、次に、原告主張の再抗弁につき判断する。
証人上谷富蔵、同鏑木太郎、同阿部幸一(第一、二回)の各証言、原告および被告本人尋問の結果(第一、二回、ただし、被告本人尋問については後記信用しない部分を除く)、鑑定人雑賀武四郎の鑑定の結果、弁論の全趣旨を綜合すると、被告は原告の遠縁の親戚で、前記阿部幸一の義理の叔父にもあたり、従来原告および阿部幸一と親しく交際していたもので、なお原告は阿部幸一の叔母であること、原告は一七才頃からいわゆる「二号」として目黒信用金庫理事長鏑木太郎の世話になり、本件土地、建物も同人から贈与を受けたもので、昭和三六年頃は同人から毎月二〇、〇〇〇円の生活費の支給を受けていたこと、原告は従来阿部幸一の負債処理に関係して訴外上谷富蔵から本件土地、建物の権利証および原告の印鑑を交付したうえで金一、五〇〇、〇〇〇円を月三分の約定で借受けていたが、その利息の支払いがとどこおり勝ちで右債務の弁済に苦慮し、阿部幸一を介して被告に金策方を依頼したところ、被告は右借金の解決資金を含めて鏑木太郎から原告に対する老後保証金としてまとまった金員の交付を受けることをすすめ、原告および阿部幸一もこれに同意して右鏑木に対する老後保証金の交付方の交渉を被告に依頼したこと、そして、被告は右依頼に応じて鏑木の許へ赴き、原告に対する金員の交付方を要求したが直じにははかばかしい結果が得られないでいるうち、被告は原告らに対し上谷富蔵に対する借金の肩代りを申出で、原告らも上谷よりも親戚である被告から借受ける方が得策と考え被告の申出を受けることになり、昭和三六年一〇月三一日、その返済は鏑木から前記老後保証金を得たときとして、前記のように金一、七〇〇、〇〇〇円を借受けたこと、そして、右借受けにあたり、原告代理人阿部幸一は前記のような代物弁済の予約をし、さらに昭和三七年二月一五日には原告が前記のような予約完結の合意をしたものであるが、それはいずれも、被告が原告および阿部幸一に対し、鏑木太郎から金を出させるため、あるいは同人にみせるため形式上右のような契約ないし合意をしておく必要があるというので、原告および阿部幸一がそれをそのまま信用してこれに応じたものであり、被告としても元来原告に対する貸付けは親戚である原告に対する好意から自ら申出たものであり、右貸付金については同時に抵当権の設定も受けているうえ鏑木から原告に対して交付される老後保証金も金七、〇〇〇、〇〇〇円を下ることはないものとみて、その回収には十分の成算があったので、その当時はもちろんその後においても本件土地・建物を右貸付金の代物弁済として取得する意思はなく、現に当時その旨原告および阿部幸一に言明し、他方原告および阿部幸一も、ひたすら被告の右言明を信じ、原告の唯一の財産で当時の時価金八、〇〇〇、〇〇〇円もの本件土地、建物を金一、七〇〇、〇〇〇円程度の債務弁済のために被告に所有権を移転する意思は毛頭なく、結局右代物弁済の予約ないし予約完結の合意は、鏑木太郎から原告に対する老後保証金として、より多額の金員を、できるだけ早く取得するため原告の経済的困難を鏑木に強く印象づける必要上前記のような代物弁済の予約ないし予約完結の合意を仮装したものであり、なお代物弁済の予約のほかにさらにその後予約完結の合意まで仮装したのは、その頃までに鏑木から原告に対して交付された金額が予期に反し金一、三〇〇、〇〇〇円程度にすぎず、さらにより多くの金額を取得するためには右のような形をとることにより原告の経済的困難を鏑木太郎に一層強く訴える必要があるということから、原、被告合意のうえ右のような行為に出たものであること、その後東京家庭裁判所の調停により、昭和三七年一一月一四日原告と鏑木太郎との関係が清算されることになったが、その際鏑木から原告に対して交付されることになった金額は予期に反し金二、三〇〇、〇〇〇円にすぎず、これから弁護士費用、被告に対する礼金等を差引くと残額金、一、七三〇、〇〇〇円で、被告の当初の見込みと著しく喰違うので、被告はにわかに態度を豹変し、原告の右金一、七三〇、〇〇〇円による債務弁済を拒絶して本件土地・建物に対する所有権を主張しはじめ本訴に至ったこと、以上の事実が認められ、被告本人尋問の結果中、右認定と抵触する部分は前掲証拠と照合すると容易に信用出来ず、他に右認定を覆えす証拠はない。
四、右認定事実によると、本件代物弁済の予約および予約完結の合意は、原告の代理人阿部幸一および原告と被告とが、その真意にあらざることを合意の上なした虚偽表示として無効であり、したがって、被告抗弁は結局理由がなく、本件土地、建物は依然原告の所有に属するものというべく、したがってまた原告より被告に対する所有権移転登記もその実質関係を欠くものというべきである。
五、そこで、原告の第四、四六二号事件の請求は全部正当として認容することとし、被告の第六、一五五事件の請求は前提を欠き全部失当であるから棄却することとし、<以下省略>。